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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)9293号 判決 1968年6月26日

原告 中山ふ美

右訴訟代理人弁護士 松島政義

被告 杉崎春吉

右訴訟代理人弁護士 丹沢三郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し別紙目録記載の建物のうち階下九坪二合五勺を明渡し、且つ昭和四二年九月三〇日から右明渡済に至るまで一カ月金一万五〇〇〇円の割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

別紙目録の建物はもと訴外五十君準吉の所有であったが、同人は右の建物のうち階下九坪二合五勺の部分を、昭和三九年一二月二一日に成立した調停(同三八年(ユ)第一一七号家屋明渡調停事件)により被告に対し賃貸したもので、その賃料一カ月金六、五〇〇円毎月二〇日限り支払の約定であって、右賃料は同四〇年一月以降は一カ月金一万三〇〇〇円に値上され、同四二年一月一日以降は一カ月金一万五〇〇〇円に値上される約定であった。そしてその後原告は五十君準吉から右建物の所有権を譲受け、同四〇年一〇月二八日その登記を経由し、右賃貸人の地位を承継したものであるところ、被告が右賃借建物部分を訴外春栄堂印刷株式会社に対して原告に無断で転貸した。そしてこの事実は昭和四一年一二月原告に判明したので原告は被告に対し昭和四一年一二月二七日内容証明郵便をもって、右無断転貸を理由として被告に対する本件賃貸借を解除する旨の意思表示をなしその書面は翌二八日被告に到達したのでこれにより原被告間の右賃貸借は終了したから原告は被告に対し、別紙目録記載の建物の内階下九坪二合五勺の部分を明渡し、且つ本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四二年九月三〇日から右明渡済に至るまで一カ月金一万五〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求めるため本訴に及んだと述べ、被告の抗弁事実は否認すると述べた。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として、請求原因事実のうち本件建物がもと五十君準吉の所有であったこと、原告主張の通りの約定で民事調停により、五十君準吉は被告に対して本件建物部分を賃貸したこと、五十君準吉は原告に対し本件建物を譲渡し、その主張の通り登記を経て、原告はその所有権を取得したこと、原告は右賃貸借を承継し貸主となったこと、原告主張の内容証明郵便が昭和四一年一二月二八日被告に到達したことは認め、その余の事実は否認し、

被告は昭和三九年一月頃訴外春栄堂印刷株式会社を、その代表者と共に共同設立して、被告もその代表者となり、その仕事のために本件建物を使用したもので被告としては本件建物を転貸したものでもなく、転貸する意思もなかった。かりに然らずとしても、同会社への転貸は前記民事調停成立前で、同訴外会社への転貸は承諾のうえで右調停成立したものであり、しかも、その後被告は同会社の役員を退任し、昭和四二年五月限り右転貸借も解除により終了している。しかもこれより前より、原告は同会社への転貸の事実を知りながら、異議なく承諾し(家賃を領収し)ていた。のみならず被告には背信行為はないから、原告の本訴請求は失当である。と述べた。

立証<省略>

理由

本件建物がもと五十君準吉の所有であったこと、原告主張の通りの約定で民事調停により五十君準吉は被告に対して本件建物部分を賃貸したこと、五十君準吉は原告に対してその後本件建物を譲渡し原告主張の通りその登記を経由し原告が所有権を取得し、その賃貸借を承継して貸主となったこと、原告主張の内容証明郵便がその主張の通り被告に到達したことは当事者間に争がない。

<証拠省略>を綜合すれば、被告は昭和三一年九月頃本件建物部分を権利金を出して当時の所有者山本松次郎から賃借して来たところ、その後五十君準吉がその建物所有権を取得し、ついで前示のように昭和三九年一二月二一日成立の調停により同人と被告との間の本件建物部分の賃貸借を確認し、更にその後同四〇年一〇月二八日登記して五十君準吉から原告に対して右建物所有権が移転し、原告が被告に対する右賃貸借の貸主となった。しかしこれより先昭和三九年一月に被告と寺元薫は共同して春栄堂印刷株式会社を設立した。被告は従前も個人経営により本件建物で印刷業を行っていたが右会社設立後は同会社の業務を本件建物で行っていたもので、当初は「春栄堂印刷所」なる看板を出して居り、後に、その末尾の「所」の部分を書直して「KK」と書入れて、春栄堂印刷KKなる看板となし、昭和四〇年中にはその会社名の看板を出していたこと、その会社設立後もはじめは被告はその家族と共に本件建物に居住していたが、昭和三九年五月頃からは家族を附近のアパートを借りて住まわせ、本件建物は印刷の業務のために使用していたが、同四二年四月末頃には再び本件建物に戻って居住するようになって現在に及んでいること、被告は同四二年五月一七日頃右会社の役員を辞任したこと。原告は本件建物を買受け所有権を取得する際、自分で居住し、これを使用したい積りはあったが、階下の係争部分は、被告に対し賃貸契約がなされていたこと、二階には他の賃借人が入って居住していたことを知っていたもので、空いたならば自分で住みたいという希望であるが、これまでどの部分も空かないこと本件建物は安かったので原告はこれを買受けたものであったことが認められる。

右の事実によると原告が本件建物所有権取得後、訴外会社がその業務のために本件建物部分を使用していたことは明らかであって、被告が同会社に対してその使用を許諾したこと、即ち結局被告が同会社に対して転貸していたものといわなければならない。原告が前記認定の会社の看板に気づいていたかどうか明らかでないが、これに気づいていたとしてもそれだけで原告が右転貸を承諾していたことにはならないし、明示的にも黙示的にもその承諾をしたことを窺うに足りる資料はない。しかし原告が本件建物所有権を取得する前から同会社は本件建物部分を使用していたばかりでなく、もともと印刷業を営む被告が前に認定の通り前所有者から賃借してその営業のために使用していたもので、係争部分以外の部分にも間借人がいて、原告としては空いたならば自分で居住したいという希望であったが、安いからこれを買ったのであって契約に基づいてこれを使用している者がいるから原告はすぐこれに住める状況ではなかったもので、右訴外会社の本件建物部分の使用も、それより前の被告が印刷業を行って右部分を使用していた当時と著しく使用状況を異にするものであったなどの事情は認められないし、昭和四二年五月頃以降は被告は同会社の役員を辞任し、その頃から後は被告とその家族が係争部分に戻って居住し、これを使用しているもので、同会社は右建物部分を現実には使用してはいないものであるといわなければならない。してみると凡そ賃借建物部分の賃借人が貸主に無断で他人にこれを使用させ転貸したときは、それ自体が特段の事情のない限り背信的な行為に該当するのではあるが本件建物を買受け所有権を取得した原告が、その所有権を取得し、賃貸人となるより前から引続いて右訴外会社が右係争部分を転借し使用しているという本件無断転貸を理由として、被告に対し賃貸借解除を主張し、その解除権を行使することは、本件において前判示のような事情のもとでは前所有者五十君準吉が右転貸を承諾していなかったかどうかに拘わりなく、解除権の行使として適法の範囲を越えるもので結局濫用に亘るものといわなければならない(被告の主張には結局はこの主張も含まれているものとみられる)。以上の理由により原告主張の契約解除の効力は認められないから、被告に対する原告の本訴請求は失当として、棄却する<以下省略>。

(裁判官 長利正已)

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